認知症ケア、AIが熟練の助言 ベネッセスタイルケア
ベネッセスタイルケア(東京・新宿)は介護サービスの向上を狙い、年内に人工知能(AI)システムを全260の介護付き老人ホームに導入する。AIは職員が認知症の入所者の介護で困った場合に適切な助言をすることができる。AIには入所者の日常生活に関するデータなどに加え、プロ職員の対応パターンのデータも含まれる。こうしたデータを組み合わせ、質の高いサービスの提供に力を入れていく。
介護職員は入所者の介護で困った時に介護サポートシステム「マジ神AI」を使う。精神や体調面で安定しない入所者がいた場合、職員は都度、マジ神AIを使ってケアに役立てる。
マジ神AIは認知症患者による暴言や介護拒否などといった行動心理症状(BPSD)の発症が続いている背景や、どう対処したら良いのかなどを提示してくれる。
例えば「最後の排便から数日経過している。下剤の種類や内服のタイミングが合っているか主治医などに相談しましょう」「睡眠時間が少ないです。寝る姿勢を改善してみましょう」など、BPSDの発生要因の候補やケア方法を挙げてくれる。
マジ神AIは入所者のBPSDの発生回数や直近の表情の変化が一目で分かるようにした。AIには入所者の体温や睡眠時間、排便の回数など約50項目のデータが記録されている。こうした項目は職員が日ごろから入所者のBPSDが起きた場面や笑顔になったエピソード、声がけへのリアクションを観察記録として書き込んでいて、数字で見やすいように発生件数として表示している。マジ神AIはこれらの様々なデータを組み合わせて職員に助言をする。
ベネッセスタイルケアはマジ神AIを直営の介護付き老人ホーム260カ所に年内に導入する方針。システムの外販も視野に入れる。同社でデジタルトランスフォーメーション(DX)担当の祝田健執行役員は「AIによる業務の効率化も必要だが、入所者のケアの質を高めていくことに重点を置いている」と話した。
同社は全国導入に先立ち、22年3月からマジ神AIの実証実験を進めてきた。社内で専門性の高い介護職員と認定されている「マジ神」の知見をマジ神AIに採り入れて精度を高めてきた。
マジ神は介護技術や認知症ケアなどで秀でた職員で、BPSDへの対処や予防に優れている。医療的な知識のほかコミュニケーション能力や観察力、経験などを基に総合的に判断して一人ひとりに合わせたケアをする力がある。一般の職員ではなかなか落ち着かない入所者がいる施設に出向いてケアにあたるため「落下傘」とも呼ばれる。
実証実験では、マジ神がふだん業務で使うパソコンに特殊なカメラを装着し、どの記録を優先して見ているのかなどを測定した。BPSDが見られる入所者の対応策でマジ神は入所者の状態が変わった時の食事や睡眠データなどを確認。「排便はできているか」「夜は眠れているか」などのデータも見た上で行動に移り入所者のイライラ解消につなげていた。
マジ神AIが介護で助言する内容は、こうしたマジ神が介護した100人の入所者データや介護の仕方などを分析して作成されたものだ。ベネッセスタイルケアは実験結果を踏まえ、今年5月から介護記録についてパソコン上の表示方法を変えた。マジ神が優先して見ていたデータを先頭に大きく表示し、経験の浅い職員でもマジ神が見ていた順番で検索できるようにした。
同社がAIの導入を進めていく背景には、介護職員が研修を積んでいけば誰でもマジ神のように対応できるわけではないことが挙げられる。少子高齢化で介護人材の不足が懸念されるなか、人材確保だけでなく介護の質を上げていくことも重要だ。マジ神AIによって介護全体の質を高い水準に引き上げようとしている。
(鎌田旭昇)