日曜に書く

論説委員・木村さやか 「マジ神」はヒトかAIか

その名も、「マジ神AI」というのだそうだ。

ベネッセホールディングス傘下で介護事業を手がける「ベネッセスタイルケア」(東京都新宿区)が開発中の、介護サービスを支援する人工知能(AI)システム。介護のスペシャリストたちの無形のノウハウを「教師データ」として組み込むことで、よりよい介護サービスの提供と、スタッフのスキル向上を目指すという。今春から同社の介護施設で導入が始まった。

各居室に各種センサーを設置し、得られた心身状態のデータから、どうすることが入居者の生活の質(QOL)向上につながるかを探っている。サービス推進本部長の祝田(いわいだ)健さん(47)はその手応えを「思っていた以上に、現場はデータを活用できている」と語る。

「介護は単純労働や作業ではない。医療職より幅広いケアを担うクリエーティブな仕事であり、データの使い手なんです」

〝神業〟をデジタル化

「マジ神」は、同社の社内資格の通称だ。認知症ケア、安全管理、介護技術の3分野で高い専門性と実践力があると認定された介護スタッフに与えられる。現在、取得者はのべ192人に上るという。

その「元祖」は、平成21年に介護職として入社した枝松裕子さん(52)。きっかけは6年ほど前、同社の有料老人ホームで新卒の研修指導に当たった際の出来事だ。

枝松さんが対応すると、普段は一言も話さない入居者が大笑いしたり、驚くほど豊かな表情を見せたり。半日の間に数々の〝神業〟を目の当たりにした新卒社員が「枝松さん、マジ神っスね」と感嘆し、「マジ神」は枝松さんの代名詞として社内に広まった。

同社は枝松さんを社内研修プログラムの構築などにも抜擢(ばってき)。「マジ神」の資格制度を作って人材育成を進める一方、介護現場のデジタル化にも生かそうと約3年前、「マジ神AI」開発に乗り出した。枝松さんも協力している。

ただ、個別に異なる介護ニーズとビッグデータは本来、対極にあるものだ。枝松さんは、要介護者の「その方らしさ」とは、「北極星みたいに揺るがないもの」だと表現。「そことデータを突き合わせないと、最も大切なものを見失ってしまう、と痛感している」と話す。

データは神じゃない

介護でのデジタル活用といえば、「効率化」「人材不足解消」といった言葉が浮かぶ。令和22(2040)年度には介護職員を今より69万人増やす必要があると推計する国は昨年度から、全国の事業者からデータを収集、分析する厚生労働省のデータベース「LIFE(ライフ)」を稼働。どんなケアにどの程度効果があったかといった分析結果を介護の質の向上、さらには効率化につなげるのが目的で、「科学的介護」の推進に国も本格的に乗り出している。

だが、枝松さんは「データが好転しても、その方のQOLが上がるとは限らない、という体験を山ほどしている」と明かす。睡眠データが好転した一方、薬の影響で傾眠傾向が強まり、本来の「お世話好き」な姿は見られなくなっていた入居者について「今は『この方らしさ』に反した状態では」と気付き、投薬などを調整した結果、快活さが戻ったケースもあった。こうした「気付き」はやはり、ヒトならではだ。

一方で、「データは気付きの大きなヒントになる」とも。「現在の局面を、過去からの長いデータから俯瞰(ふかん)してみれば、現在地と先の予測がより大きな視点から見える。私たちが力を発揮すべき場所と、AIを活用すべき場所のすみわけが見えてきています」。ヒトとAIが協働しながら、「マジ神AI」は今、育まれている。

小さな渦から

膨大なデータからAIが導き出した対応をヒトがさらに検証し、よりよい対応を模索する。「マジ神AI」が目指す方向性は、介護者にさらに高度な専門性を求めるものだ。人材不足が深刻化する未来には、どう対応するのか。祝田さんは「よりよいケアの実践を通じて介護の仕事の深い喜びや醍醐味(だいごみ)に触れる人が増え、業界の活性化につながる」と考えているという。

「それは小さな渦です。でも積み重なっていけば、『効率化』を目指す渦より厚みのある、大きな渦になっていくと思っています」

人としてどうありたいか。その根幹に関わる渦でもある。(きむら さやか)

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