提供:ベネッセホールディングス

「人とテクノロジーの融合」がもたらす“化学反応”とは? ベネッセの介護事業では、スタッフのスキルアップとご入居者のQOL向上のために「マジ神(*)AI」の開発に取り組み始めた。高スキルを持つ介護スタッフ「マジ神」とデータサイエンティストに、開発秘話を聞いた。
*マジ神:ベネッセスタイルケアの社内資格制度で介護の高い専門性と実践力を認定された介護の匠

根拠ある行動・視点だからAIに活かすことができる

「マジ神AI」の開発を通して感じていることを教えてください。

宮下ゆかり氏(以下、宮下):AIやDXの力を使って、何か全国の介護スタッフの方の支援ができないかと考えたのが、「マジ神AI」開発のきっかけでした。始めてみれば、予想を超える気づきがありましたね。

<span class="fontBold">宮下ゆかり氏<br>ベネッセホールディングス DXコンサル室 データサイエンティスト</span><br>2019年コンサルティング会社から転職。「マジ神AI」の開発にあたり、介護スタッフのスキル向上とご入居者のQOL向上のためにテクノロジーの活用を深化させている
宮下ゆかり氏
ベネッセホールディングス DXコンサル室 データサイエンティスト

2019年コンサルティング会社から転職。「マジ神AI」の開発にあたり、介護スタッフのスキル向上とご入居者のQOL向上のためにテクノロジーの活用を深化させている

枝松裕子氏(以下、枝松):そうですね。宮下さんと話すうちに、私たち「人」が力を発揮する場所とAIやロボットなどを活用すべき場所のすみ分けが見えてきました。

<span class="fontBold">枝松裕子氏<br>ベネッセスタイルケア 専門性開発部 介護職(マジ神)</span><br> 2009年入社後、有料老人ホームの介護職として勤務。あるご入居者のケアに苦慮していたホームで、そのご入居者から笑顔を引き出す様子を見た新卒社員が「枝松さん、マジ神ッスね」と言ったことから「マジ神」という社内呼称が誕生。2020年4月に新設された専門性開発部所属の介護職として、各ホームでのケア向上に取り組むとともに、社内研修(認知症ケア)の構築および講師としても活躍、人財育成に携わる
枝松裕子氏
ベネッセスタイルケア 専門性開発部 介護職(マジ神)

2009年入社後、有料老人ホームの介護職として勤務。あるご入居者のケアに苦慮していたホームで、そのご入居者から笑顔を引き出す様子を見た新卒社員が「枝松さん、マジ神ッスね」と言ったことから「マジ神」という社内呼称が誕生。2020年4月に新設された専門性開発部所属の介護職として、各ホームでのケア向上に取り組むとともに、社内研修(認知症ケア)の構築および講師としても活躍、人財育成に携わる

宮下:私も枝松さんのお話を聞いているうちに、「よいケア」の一部分は言語化、定量化できると思うようになりました。というのも、マジ神の思考や行動の多くは、雲をつかむような第六感の話ではなく、そのベースには介護や薬、病気などに関する豊富な知識に裏打ちされたものがあるからです。

枝松:私たちがやっているケアには、基本的に科学的な根拠があるんです。

宮下:だから私も、ケアの判断や見ている観点・視点について、AIもマジ神に近づくことができるかもしれないと思うようになりました。

AIの可能性と限界。人だからできること。
人とAIが創造する未来図

枝松:ただ、難しいのはご入居者のQOLは一人ひとり違うということ。

宮下:QOLの定量化に取り組んでいますが、当然ながら、AIだけでは太刀打ちできないんですよね。でも逆に、AIの限界を知れば、自ずと介護スタッフがやるべきことが見えてくる。今は、それが重要だと思っています。

枝松:そう、まさにそこがテクノロジーと人が創造する介護の未来図だと思うんです。今、「マジ神AI」の開発のために、モデルホームでご入居者の協力を得て、さまざまなデータを取らせていただいています。これは、実証に協力してくださったご入居者の話です。パーキンソン病のご入居者で、ほとんど言葉を発することができませんでした。寝ているときも苦しそうだったため、私たちは寝姿勢に着目。その方の寝姿勢を整え始めるとすやすやと眠られ、以降、睡眠センサーのデータも好転しました。もちろん、私たちは喜びました。でも、私はフッと「眠れるようになったけれど、この方のありたい姿や状態に本当に近づけたのかな?」と疑問に思ったのです。私はその方がお書きになった自叙伝を読ませていただき、人とコミュニケーションをとることがすごくお好きな方だったということを知りました。思えば、私たちが最初に寝姿勢を整えたときには、3人でその方に話しかけながらやっていました。それがよかったのではないかと考え、一度は1人での介助にしたのですが、次からあえてスタッフ2人で介助に入り、自叙伝に出てきたご両親のお話などをしながら寝姿勢を整えていくようにしたんです。そんなある日、私たちが「おはようございます」と声をかけたら、それまでは言葉を発することのなかったその方が「おはよう」と返してくださったのです。

宮下:奇跡のような話ですね。

枝松:そうなんです。ほかにも、睡眠センサーのデータは好転したけれど、ぼんやりすることが多くなったご入居者がいらっしゃいました。医師と連携して投薬を調整するなどしたところ、その方は本来のお世話好きな人柄を取り戻し、今は快活に暮らしていらっしゃいます。私たちは、「データが好転してもその方のQOLが上がるとは限らない」という体験を山ほどしています。でも、データが気づきのヒントになる。だから今も、その「気づき」とその方の「ありたい姿」とを行きつ戻りつしながら、ご入居者に寄りそっています。

「マジ神AI」で世界中の介護の質を上げていきたい

宮下:2021年4月から私がデータサイエンティストとして取り組んでいるのは、まずデータを可視化し、ご入居者の現状を正確に知ることです。次に、すごく大声を出されるとか、ケアの拒否があるとか、その方にとってネガティブな状況の要因となる体調面の課題を特定します。例えば、よく眠れていないとか排泄量が少ないとか。そこにAIや機械学習といった技術を使っており、ここまでは道筋が見えてきています。課題はその先で、「その方らしさ、QOL」といった一人ひとり違うものを判断し、改善方針を導くことが厳しい。一人ひとり違うQOLはビッグデータとは対極にあるものですし、幸せ度や感情の判定は、高度なセンサーを使っても一筋縄ではいきません。ネガティブを取り除く方法は皆似ていますが、ポジティブを実現する方法はそれぞれ違う。そこがこの取り組みの難しさです。

 ただ、第1ステップの可視化だけでも価値があります。介護は人対人の仕事なので、自分がやったことの正誤を判定するのは困難です。でも、そこにセンシングやDXが入ってくることで、「やっていることは定量的に大丈夫」あるいは逆に「軌道修正しないとダメ」ということがしっかり見えるようになりました。システムが人を助ける方向性ですよね。ですから次は、人間の判断や気づきを、今まで以上にシステムに還元していきたいですね。人とテクノロジーが両輪で育つ仕組みをつくれるといいな、と思っています。

枝松:「マジ神AI」を使うことによって、誰もが相手の気持ちに寄りそった介護ができる社会を目指したいです。また、「マジ神AI」は人財育成や介護職全体の価値向上にもつながると思います。さらに、根拠のある多様なデータの読み方や使い方を広く伝え、介護職だけでなく、ヤングケアラーや介護に悩む方々の支援もしていきたいし、高齢化が急ピッチで進む諸外国にも何らかの形で還元することができたらいいな、と思っています。

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